早いもので本学のアニメーション専攻領域は今年開設十周年を迎える 。教育は百年の計などというが、そこまで大層に構えずとも、たかが(・・・)十年では今春ようやく七期生が卒業するような段階であり、一期生でさえ社会に出てようやく六年経ったに過ぎない。彼らは新人ではないが、といってベテランでもなく中堅のとば口に立ったというところだろうか。しかしされど(・・・)十年である。国内外のあちらこちらでアニメーション専攻の卒業生達の評判や活躍を耳にするようになった。頼もしくまた嬉しい限りである。
そのアニメーション専攻第一期生(二〇〇三年四月入学・二〇〇七年三月卒業)の中田彩郁さん の近作『ヨナルレ Moment to Moment』(二〇一一)が話題を呼んでいる。ASIFA(アシファ)(国際アニメーションフィルム協会)公認の世界四大アニメーションフェスティバルとして知られるフランスのアヌシー国際アニメーションフェスティバル(第五二回、二〇一二年六月)と広島国際アニメーションフェスティバル(第十四回、同年八月)のコンペティションで選ばれた。一口にコンペ入選といっても、四大フェスともなるとそれは容易なことではない。昨年の広島大会でいえば、世界六三カ国・地域から応募された二一一〇作品もの中から五名の国際選考委員によって選ばれた栄えある六六作品の一つということになる。単純計算でも入選率三%という難関である。アニメーション専攻卒業生の四大フェスの入選は初めてのことであり、関係者一同大いに喜んだことはいうまでもない。
そのほか、チェコのアニフェスト(第十一回、同年四〜五月)、メルボルン国際アニメーションフェスティバル(第十二回、同年七月)、シカゴ国際児童映画祭(第二九回、同年十〜十一月)などでもイン・コンペしている。受賞も多数に上り、宮城・仙台アニメーショングランプリ二〇一二(第四回、同年三月)、吉祥寺アニメーション映画祭(第八回、同年十月)一般部門、こどもアニメーションフェスティバル(第六回、同十月)でグランプリを受賞したほか、複数の映画祭で各賞を受けた。先頃開催された文化庁メディア芸術祭(第十六回、二〇一三年二月)でもアニメーション部門審査委員会推薦作品に選ばれている。
中田さんは本学を卒業後、アニメーション制作会社でCMやTVアニメーションの仕事に携わる一方、自らの作品をコンスタントに作り続けている。その作品は大学で本格的にアニメーションを学んだ最初の世代に相応しく、既成の型にはまることなく、柔軟性と多様性の中にも個性の煌めきがある。従来よくあるキャラクターやストーリーの面白さのみに頼ることなく、アニメーション本来の“動きの造形”を追求し、動きやタイミング、間といったものが大切にされていることは特筆されよう。
二〇一〇年にNHK教育テレビ「アニメワールド」で放送された『リタとナントカ』では「ナントカのおたんじょうび」の回を担当し、そこではいわゆる商業アニメーションの枠組ながらも中田さんらしさを見せていた。最近では『ふるさと再生 日本の昔話』(テレビ東京系列、二〇一二年四月放送開始)の「熊と狐」(第八回)、「織姫と彦星」(第十四回)と「小石の手紙」(第二四回)で絵コンテと演出、作画・美術の一人四役をこなしている。この番組は一回三話編成なので、各回の中田さんの際立った仕事ぶりが比較的に(・)よく分かって興味深かった。
アニメーション制作の仕事とはいえ、自主制作との両立はそう容易いことではない。仕事としてのアニメーション制作自体が大変骨の折れることであり、時間に追われることでもある。一方でクリエイティブな仕事でもあるので、それで創作意欲が満たされてしまったり、自己実現してしまう場合もあって、自らの創作には障害が幾つも立ちはだかる。だから作品を作り続けること自体がかなり尊いことなのだが、それでなお彼女が少しずつ着実に成果を上げ続けていることには、頭が下がる思いである。
学生時代は課題にきちんと取り組み、真面目で優秀という印象が強い。資質の高い学生が比較的多かった一期生の中でも目立った存在で、作家性を感じさせる将来が楽しみな学生の一人だった。二年生のグループ制作で監督を務めた『舌打ち鳥が鳴いた日』(二〇〇四)が第十回学生CGコンテスト(二〇〇五)の動画部門で佳作に選ばれたほか、三年次の個人制作『おばあちゃんの作業部屋』(二〇〇五)でも第十一回学生CGコンテスト(二〇〇六)動画部門佳作、第六回ユーリ・ノルシュテイン大賞二〇〇五ヒューマン賞、飛騨国際メルヘンアニメ映像祭二〇〇六「第四回メルヘンアニメ・コンテスト」奨励賞に輝いた。アニメーション専攻十年の歴史の中でもかなり優秀な学生の方なのだが、本人は至って謙虚で、自分では作家性があるとか作家になれるとか、当時はあまり思っていなかったようである。
先にも書いた真面目で優秀、いわゆるよいこ(……)という自覚がどこか本人に強くあったのかも知れない。美大生の感覚によくあるが、破天荒な奇人変人・異端児こそが作家性溢れる逸材という先入観・固定観念があったのかとも思う。だが内に秘めるものにはその資質や才能以外に、創作への強い意志や意欲も確実にあったのではないだろうか。そして卒業後に制作会社で職能としてのアニメーション制作をきちんと身につけたことも、創作活動にプラスに働いているように見える。作家を目指すにもアルバイトをしながらコツコツと作り続ける場合もあるし、海外留学や国内の大学院に進む道もあるだろうが、中田さんの進んでいる道は中田さんにとって最適解だったといえるだろう。今それが見事に結実しつつあるように思う。
日本の大学アニメーション教育は本格的に始まって十年、お隣韓国には遠く及ばないものの現在では規模の大小や質を問わなければ、日本全国で四十を超えようとしている。取り組み方も様々で、いわゆる商業アニメーションに特化し、スタジオクリエイターを育てることを第一に考えているような大学もあり、他方ではいわゆるアートアニメーションの作家養成を目的としているようなところもある。本学のアニメーション専攻は極端に偏ることなく、バランスの取れた教育課程・教育環境を整え、アニメーションの可能性や多様性を担保することを目指してきた。
いうまでもなく、いわゆる商業アニメーションに芸術性や革新性が不要なわけでもなく、いわゆるアートアニメーションと商業性や技術・技巧といったものが無縁なわけでもない。中田さんの作家・クリエイターとしてのあり方やその創作姿勢には、造形大のアニメーション教育の成果の理想型があるような気がしてならないが、もちろん彼女が今あるのは本人の資質・才能と弛まぬ努力に負うところが大であることは言を待たない。
まだ卒業後数年、二十代である中田さんの今後の活躍が大いに楽しみである。
13期 デザイン学科 映像専攻
東京造形大学教授
小出正志
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<中田彩郁>
埼玉県出身。アニメーション作家、アニメーター。
2007年、東京造形大学造形学部デザイン学科アニメーション専攻領域卒業。
「記憶された時間と空間、アニメーションならではの動き」をテーマに作品を制作している。『ヨナルレ Moment to Moment』(2011)が、アヌシー国際アニメーションフェスティバル、広島国際アニメーションフェスティバル、第16回文化庁メディア芸術祭などに入選、国内外で上映される。ほか代表作は『コルネリス』(2008)、『おばあちゃんの作業部屋』(2005)など。
また、CMのアニメーションやTVアニメーションの演出、作画監督、美術などを手がけている。
広島国際アニメーションフェスティバル2012 記者会見
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