大学のアトリエを横目に裏山の竹林に入って、ぼんやりと妄想に耽る。陽が傾いて、山のひんやりとした空気があたりに立ち籠める中、石彫の作業場の方から聞こえて来るノミを叩く音が静寂をいっそう際立たせるように鳴り響いている。
当時の造形大の校舎は高尾の山の斜面に建っていた。本館の真下には川が流れていて、自然とモダンなデザインの建物が不思議なコントラストを成していた。
入学して2年間はとくに親しく付き合う人間もできなかったので、学校へ行っても講義に出るだけで、ほとんどアトリエに近づくことはなかった。課題作品は勝手な解釈のもとに自宅で制作して提出した。造形大で過ごした前半は一人孤立して悶々としていたが、今思えば、高尾の豊かな自然環境の中であれこれと思い悩んでいられたのは贅沢な時間だったと言える。
3年になり、抽象絵画コースを選択し、大きなサイズの作品を作りたい欲求が強くなる。それは狭い自宅では適わないことだったので、夏が近くなったある日、大学のアトリエの一角を占拠して壁に綿布をはりつけ、制作を始めた。最初は他者の視線のある空間で制作することに違和感を持っていたが、そのうち一人二人と声をかけてくれる友人が現れて、他者とコミュニケートする楽しみも知って、アトリエに入り浸るようになった。
フランク・ステラやミニマル・アートに刺激されて抽象絵画コースを選択したが、その頃「ネオ・エクスプレッショニズム」など、いわゆるニューペインティングの流行もあり、次第に作品は具象的になった。また、大学のアトリエで大きなサイズの作品をつくりながらも、もともと好きだった本の挿絵やミニアチュール、浮世絵などへの関心も捨て切れず、自宅で小さな作品を描きながら、時々アルバイト感覚でイラストレーションの仕事をしていた。卒業後は他にもアルバイトをしながら、何度か個展をやるが期待していたような評価は得られず、一方でイラストレーションの仕事は少しづづ増えていった。当時はバブル期で企業広告の仕事が沢山あった。生活は楽になったが、依頼される広告のイラストレーションは本来の自分の描きたかったものと大きな隔たりがあり、不本意な作品が多くなっていった。90年代にはいって、バブルが崩壊し、広告の仕事が激減したのを期に、10代の頃、憧れていたピアズリーやクリムト、あるいは浮世絵などの影響のもとに小説の挿絵を描き始めた。また、依頼させる挿絵を描く傍ら、「平成耽美主義」と銘打ってオリジナルの絵を描きため、1998年に最初の画集である「緋色のマニエラ」を出版。徐々に支持者も増えて、画集そのものを表現媒体と捉えて作品制作することを意識し、その後、10年間に5冊の画集を刊行。併せて個展を開催するスタイルが定着した。
今年は6冊目の画集の刊行と9月に個展を予定しているが、最近では国内外のアートフェアなどへの参加も多くなり、イラストレーションの仕事からオリジナル絵画の制作へと比重が移りつつあり、新たな転換点にあるような気がしている。時代とともに変遷する価値観の浮き沈みの中で、その波に揉まれ、迷いながらも、少しづつ自分自身の本質的な表現が見えてくれば良いと思っている。
現在では高尾の校舎の建っていた辺は荒れ放題だと聞いた。しかし、人生のある時期をあの場所で、かけがえのない時間を持った人間にとって、そこに思いを馳せれば、いつでも想念は幻影化した校舎の中を、かつての記憶とともに駆け巡るに違いない。
■略歴
1960年1月15日秋田県に生まれる
1983年 東京造形大学造形学部美術学科卒業
80年代は主に企業広告のイラストレーションを手がける。
90年代初頭から19世紀末美術や浮世絵の影響のもとに小説の挿絵を描き出す。その傍ら「平成耽美主義」と銘打って幻想耽美なオリジナル作品を制作し、1998年画集「緋色のマニエラ」刊行。併せて「山本タカト展?平成耽美館」(クリエイションギャラリーG8 銀座)開催。以後、主な個展として2001年「瑠璃色覗窓」
(HBギャラリー 表参道)2002年「山本タカト展?ナルシスの祭壇」(スパンアートギャラリー 銀座)2003「月蝕小夜曲」(タコシェ 中野)2004年「山本タカト展?ファルマコンの」(スパンアートギャラリー 銀座)2005年「山本タカト展?闇化粧」(モンドビザーロ ローマ)2006年「月逍遊戯」(夜想プロデュース ルーサイトギャラリー 浅草橋)「山本タカト展?禁断」(モンドビザーロ ローマ)2008年「山本タカト展?吸血鬼逍遥」(夜想プロデュース、パラボリカ・ビス、浅草橋)「山本タカト展?奇想と耽美十年の軌跡」(紀伊国屋書店新宿本店4階画廊) 「山本タカト展?幻色夢鏡」(マリアの心臓 渋谷)「「山本タカト展?ヘルマフロディトウスの肋骨」(ゴタンダソニック 五反田)
画集
『緋色のマニエラ』
『ナルシスの祭壇』
『ファルマコンの蠱惑』
『殉教者のためのディヴェルティメント』
『ヘルマフロディトウスの肋骨』
特装版『山本タカト集成 巻之壱』(すべて エディシオン・トレヴィル刊)
2010年4月末 作品&写真&エッセイ集「幻色のぞき窓」(芸術新潮社)刊行予定
2010年9月 第6画集「タイトル未定」(エディシオン・トレヴィル)刊行予定
併せて、紀伊国屋書店新宿本店4階画廊で個展開催予定
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