早いもので、当初は、大学院二年間の予定で渡英したはずの在英生活が、もう十六年目に入った。そもそも、私が、英国の大学院に行こうと思ったのは、当時の造形大学に大学院が無く、卒業後の進路を考えていた時に、英国の美術大学に進学した友人から聞いた英国美術大学での教育内容に心惹かれたからである。英国大学院は少人数制で、技術以上に個人のテーマを各自がどれだけ掘り下げて多方面から検証し、制作していくのかという思考性を重視していくというやり方は、当事、私に欠けていた部分を強化し、卒業後、アーティストとして自立していく為に必要な教育だと感じた。 私の母校、スレード美術学校の校風は、有名校であるにもかかわらず、おっとりとしていて、皆マイ・ペースで自分の制作に没頭していた。また、造形大在学当時から、版画専攻でありながら、インスタレーション、ペインティング、映像、音楽等、マルチ・メディアを使っての表現に興味のあった私には、興味がありその必要性について教授陣を納得させる事ができれば、学校内のすべての設備を学部の枠を超えて使用させてくれるというこの大学の方針は大変有難く、ここで自分のやりたい事は時間の許す限りすべて試す事ができた。大学の教授陣は、誰をとっても英国でトップ・レベルの現役作家達であり、私の担当教官だったリトグラフの神様と英国で称されるスタンレイ・ジョーンズから学んだ作家としての姿勢は、今日でも私の支えにもなっている。幸運にも、大学院卒業制作展での私の作品がたまたまタイムズ批評家の目に留まり、その後、展覧会の予定が入り、アーティスト・ビザという自営業ビザを卒業後に習得する事ができた為、私は、今日まで英国で作家生活を続ける事になる。当事は、あまり自覚が無かったが、英国の卒展は、評論家や画商が新人をスカウトにくる青田買いの場でもあったのである。 当然の事ではあるが、作家生活を続けていく為には、良い出会いがあるという事も大切である。私の今までの作家人生において最も大切な出会いは、造形大に入学し、二人の恩師、園山晴巳先生と伊東正悟先生に指導して頂いた事である。在学中のみならず、卒業後も暖かく支えてくださったこの二人の恩師達の存在があってこそ、私の英国の大学院での充実した日々、その後の英国での作家活動があり、このような素晴らしい恩師達と出会う場を与えてくれた造形大学に対しての感謝は尽きないのである。及ばずながら、その影響で、私自身も卒業後、人を指導する立場に足を踏み入れる事になる。 現在、指導すると言う点においては、様々な形で英国内でワークショップを展開すると共に、ロンドン芸術大学の非常勤講師として学生の指導にもあたっている。私が在学していた十六年前とでは、英国美術大学事情もかなり変化してきているが、簡単な現状については、これからの記述を御参考いただきたい。
英国美術大学は、現在では、全世界から進学希望者が後を絶たず、留学生とはいえ、志望校に入学する為には、どの学部のどのレベルであろうと上級レベルの英語能力と高いレベルのポートフォーリオ(作品集)の提示が求められる。日本の大学に比べ、日常的に小論文やディスカッションもかなり多いので、語学力が無いまま留学すると言う事は、課題がこなせないという事につながるので語学力を甘く見てはいけない。また、ポートフォーリオの構成については、どのレベルを受験するかによって、内容が違ってくる。学部志望の場合は、本人がどれだけの可能性を秘めているのかのバリエーションを見せる事が重要であり、絵画志望者が木炭デッサンと油絵しか入っていないワン・パターンのポートフォーリオを提出したら作品にバラエティーがないと思われてしまう。大学院入試では、既に自分の方向性を見つけている志望者がそれをどの様に今後展開していく可能性があるのかを見たいので、きっちりとひとつの方向性が見え、今後の展開についてのプランが興味深い物かどうかが問われる。但し、自己完結していてまとまりすぎているポートフォーリオについては、大学院で学ぶ必要性がないと思われがちなのでポートフォーリオの構成は、十分検討する必要がある。
では、どの大学に行くかという選択肢についてであるが、ロンドン市内では、現在、元祖国立大学系のロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ、UCL内スレード美術学校、王立のロイヤル・アカデミー、ロイヤル・カレッジ(大学院のみ)、そして、傘下にセントラル・セント・マーティンス、チェルシー美術学校、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションズ、キャンパベル・カレッジ・オブ・アート、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、そして今年9月からはウインブルドン・カレッジ・オブ・アートの六校を持つロンドン芸術大学が主な美術大学である。ロンドン芸術大学については、個々に特色のあるカレッジで構成されていながらも、同グループ内での情報交換もある総合美術大学となっており、傘下の学校数は、今後も増える可能性がある。英国では、カレッジごとに異なった哲学を持って指導するので、留学先を選択する際には、単に有名校を選ぶのではなく、それぞれの教育方針を調べた上で自分に向いている学校を選ぶ事が留学成功の秘訣といえよう。
私が在学していた当時に比べ、現在では数多くの日本人留学生が各校に在籍しており、多くの留学希望者もいるが、母国語で出来ない事は外国語ではより難しいので、先ずは、日本でしっかりと自分の基盤を作ってから留学に望み、機会を最大限に生かしてほしいものである。また、私自身が、今後、英国で活動し続ける事ができるような日本人アーティストが育つ事に手を貸す事ができればとも思うのである。 |
<今田 裕子>
1988年東京造形大学美術学科T類版画コース卒業後、1990年9月渡英、英国国立ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ内スレード美術学校大学院版画科に入学。在学中に、ロンドン大学海外留学生対象奨学金、ブリティッシュ・カウンシル・フェローシップを授与され、1992年同校卒業後は、1993年、第20回リュブリア国際版画ビエンナーレに英国代表枠で招待出品、その後、英国を中心に個展、グループ展を開催している。2001年には、Japan 21関連行事として、ダーリントン・アート・センターでの個展に招待出品している。
また、自身の芸術活動と同時に英国の美術教育活動にも積極的に参加し、数々のアーティスト・イン・レジデンスのプログラムに参加、美術館、博物館、小学校から大学院まで幅広くワークショップ経験を持つ。1999年には、大英博物館の木版画コースを設置、以後その指導にあたっている。現在は、ロンドン芸術大学でも教鞭をとっている。
Light on Water I &II
インスタレーション
ダーリントン・アート・センター
2001年
 
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